38歳、初めての出産

2017年7月の都議会議員選挙で落選した後、2018年11月に結婚し、2020年10月に38歳で娘を出産しました。2021年7月には都議会議員選挙が控えていたため、妊娠・出産・子育てと、仕事、政治活動を並行して行っていく、これが最大の課題でした。出産予定は11月だったのですが、緊急で入院し1か月早く出産したため、結果として出産の2日前まで、挨拶回りや街宣活動などをしていました。高血圧気味だったこともあり、「適度な運動は必要」と自分に言い聞かせて活動してきましたが、今思えば少しやり過ぎだったかもしれません。

多くの方の協力で育児と政治を両立

出産後1か月ほどで、朝と夕方の街宣活動をスタートしました。仕事があったため、2021年の4月からは、子どもを保育園に預けながら、子育て・仕事・政治活動を必死でこなしていました。

何とか乗り切れたのは、家族や応援をしてくださる方々の多大な支えがあったからです。私が活動している間は事務所で誰かが娘の面倒を見てくださったり、保育園に間に合わない時には代わりにお迎えに行ってくださったりしました。中でも、主人には本当に全面的な協力をもらいました。今でも、家庭内で意見相違があった際に、選挙時の話を持ち出されると、もう絶対に頭が上がりません。また、コロナにより多くのイベントや会合が中止またはリモート開催になったことも、結果として大きな支障なく政治活動ができた要因でした。主人の協力が比較的得やすかったのも、リモート勤務中心になっていたことが影響しました。

体調が良かったこと、周りからのサポート、コロナ禍などが重なり、私自身が活動をストップしていた期間は、結果として1か月強程度でしたが、これは千差万別です。妊娠・出産は母体と子どもの生命にかかわるので、一般化して押し付けることは決してしないでほしいと思います。

「子どもが可哀そう」というパワーワード

多くの方のご協力で、何とか子育て・仕事・政治活動を並行して行ってきましたが、正直、本当に大変でした。毎日毎時タスクに追い立てられながら、いつもミルクやオムツを持って走っていた記憶があります。

何よりも精神的に苦しめられたのが、「小さな子どもがいるのに、選挙なんか出て子どもが可哀そう、もっと一緒にいてあげなさい」という言葉です。本当に心配してアドバイスをくれる方もいれば、ご自身の価値観をぶつけてくる方もいました。これは、女性の候補者ならではの経験かもしれません。男性の候補者ならば「子どものためにも頑張りなさい」と言ってもらえたでしょうか。とにかく、「子どもが可哀そう」というパワーワードには、本当に何度も何度も心をえぐられました。もちろん、自分自身が「もっと子どもと一緒にいたい」という思いをもっていたからこそ、苦しめられたわけです。これはきっと、仕事と子育てを両立する多くの母親に当てはまることと思います。

それでも頑張ろうと思ったのは、私自身の両親が共働きをしながら3人の子どもを育ててくれていたからです。育休制度も十分に整っていない当時は、母は産休だけの取得で乗り切っていましたが、私はそれを自分自身が可哀そうと感じたことはありませんでした。むしろ、自分が働くようになって労働の大変さを知った時に、働きながら子育てしていた母に、大きな愛情と尊敬を感じたものです。私には私の愛情の示し方がある、子どもと一緒にいる時間の長さだけでは愛情は測れない、そう確信して活動に邁進しました。

子どもたちのために豊かな社会を残したい

子どもができて、仕事や政治活動との両立が大変になるという側面はありながらも、子どもたちの世代のために豊かな社会を残したいという思いは、より一層強くなりました。それは落選後も変わりません。自分にできることを通して、これからも将来世代のためにも、社会に貢献していきたいと考えています。